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東京地方裁判所 平成元年(ワ)5536号 判決

原告

鈴木克典

原告

高橋伸一

原告

挟場義光

原告

玉川剛

原告

山下靖成

原告

松田博也

原告

内藤裕子

原告

田貝勝

原告

岡村幸雄

原告

佐藤辰巳

原告

田村誠一

原告

鈴木洪太

原告

大村輝久

原告

小針浩美

原告

木下敏彦

右各原告訴訟代理人弁護士

立見廣志

被告

国際情報産業株式会社

右代表者代表取締役

西高男

主文

一  被告は、各原告に対し、別紙認容額目録記載の各金員及びこれに対する平成元年三月二七日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告高橋伸一、同挟場義光、同玉川剛、同山下靖成、同松田博也、同内藤裕子、同田貝勝、同田村誠一、同鈴木洪太、同小針浩美のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、各原告に対し、別紙請求額目録(略)記載の各金員及びこれに対する平成元年三月二七日(最終弁済期の翌日)から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  被告は、電子計算機組織に関するソフトウェアの開発保守等のサービス等を業としている会社であり、社員のうち多くを他に派遣して、一部を自社の事業所で、業務に就かせている。

2  賃金は、時間外賃金を含め、毎月一五日締め、二六日払いの定めであった。

3  各原告の時間外賃金算定の基礎となる賃金額は、それぞれ別表(2)「基礎賃金額」(略)欄記載のとおりである。

4  原告らの一日八時間以上の時間外労働時間数は、それぞれ別表(2)「時間外労働時間(B)」(略)欄の各中段、下段記載のとおりである。

5  被告が各原告に対して支払った各月の時間外賃金額は、それぞれ別表(2)「支払額(F)」欄記載のとおりである。

6  就業規則〈1〉(〈証拠略〉)によると、休日は、土曜日、日曜日、国民の祝日、五月に連休七日間、夏期休暇九日間、年末年始八日間であり、労働時間は午前九時から午後五時まで(間に一時間の休憩)七時間(一週三五時間)であるが、これに対し、就業規則〈2〉(〈証拠略〉)によると、休日は日曜日だけであり、労働時間は午前九時から午後六時まで(間に一時間の休憩)八時間(一週四八時間)である。

二  争点

原告らに適用される就業規則は〈1〉か〈2〉か、月給に時間外賃金が含まれていたか、時効の成否、が中心的争点である。

1  原告らは、原告らに適用される就業規則は(証拠略)(就業規則〈1〉であるから、別表(1)に「原告の請求額」として記載のものが各原告の支払を受けるべき時間外賃金額であると主張する。

2  これに対し、被告は、(1)時間外賃金は月給(固定給)に含めて支払済である、(2)仮にその未払があるとしても、就業規則〈1〉は就業規則のひな型として作成されたにすぎず、当時は労使ともにこれを被告会社の就業規則とする意思はなかったものであり、その後、正式の就業規則として(証拠略)(就業規則〈2〉)が作成されたから、就業規則〈2〉によって計算した金額である別表(1)に「被告の主張額」として記載のものが未払金額であり、また、昭和六二年四月分ないし六月分の請求権は時効によって消滅したからこれを援用すると主張する。

(なお、被告は時間外賃金の支払義務があるとすれば、原告らには欠勤があったので通常賃金に過払があるとして、それを時間外賃金から控除する旨主張する。しかし、およそ、時間外賃金から過払賃金を控除することは、賃金過払による不当利得返還請求権と賃金請求権とを相殺する趣旨となるところ、このような相殺は、過払のあった時期と接着した時期に賃金の精算調整の実を失わない合理性の認められる限度でなす限り、労働基準法二四条一項の定める賃金全額払の原則に違反しないものといえるけれども、本件のように、賃金請求権の時効消滅寸前に至って、かつて欠勤があったとして相殺を主張することは、他に特段の事情のない限り、精算調整として合理的なものであるといえる余地がなく、右特段の事情は何も主張されていないから、被告のこの主張は主張自体として失当である。)

第三争点に対する判断

一  原告らに適用される就業規則は〈1〉か〈2〉か。

1  原告鈴木克典の供述によると、同原告は、被告会社では就業規則〈1〉に従った規律があった、同原告は、庶務的な仕事を担当していた安久課長が被告会社から退職した際、同課長から、(証拠略)(就業規則〈1〉)が被告会社の就業規則であるとして渡され、その内容の説明を受けて、庶務的な仕事の引き継ぎを受けた、以後、同原告は、被告会社従業員から、就業規則の提示を求められた際には、(証拠略)(就業規則〈1〉)を提示していた、被告会社では前記のように同就業規則に従った規律があったが、時間外賃金については、別途第三号証の「会社規則」(その形式自体、未記入、未完成の条項が多数あり、また、その附則には、「この会社規則は昭和五九年一二月より実施することを目的として作成されている。この会社規則は、昭和五九年一二月二日現在、未検討事項が有り会社が正式に承認し、制定されたものではない。従って、今後の状況や職場環境の変化に伴い、変更される可能性がある。」との記載があって、この規則が完了したものとして就業規則と一体化していたものとは解し難い。)が用意され、これに従って、時間外賃金を最低の職級の者には一時間当たり三〇〇円、その上の職級の者には順次一時間当たり五〇円ずつ上回る金額で一律に支払うという取り扱いがなされていた、同原告は、時間外賃金が少ないことに不満をもったため、被告会社代表者に対してその不服を述べたところ、売り上げが十分上がらないので法律どおりの支払ができないという説明を受けた、(証拠略)(就業規則〈2〉)は、本件訴訟になって被告会社から証拠として提出されて初めて見た、というのである。また、(証拠略)、同原告の供述によると、被告は、昭和六三年には、高卒者の求人のために、新宿公共職業安定所に対して、就業規則〈1〉の趣旨に副った内容の求人票を提出していたことが認められる。右求人票の記載自体は、もちろん、原告らの労働条件そのものを直接決定するものではないけれども、このような内容の求人票を出していたことは、被告会社で適用されていた就業規則が就業規則〈1〉であったことの裏付けとなるものということができ、これらの証拠関係によると、被告会社に勤務していた原告らに適用された就業規則は、就業規則〈1〉であったと認めるのが相当であって、この認定に反する証拠はない。

2  被告は、就業規則〈1〉はとりあえず就業規則のひな型のようなものを作ってみようということで被告会社からの派遣先の就業規則をそのまま写したものにすぎず、当時これを被告会社の就業規則とする趣旨ではなかったと主張するが、その主張に副う証拠は何もない。

3  もっとも、(証拠略)(就業規則〈2〉)には、中野労働基準監督署の昭和六一年三月一八日付けの受付印が押印されており、その付則には、「この規則は昭和六一年三月二六日から実施する。この規則を改廃する場合には、従業員代表者の意見を聞いて行う。」との記載がある。そのことからみると、就業規則〈2〉は、就業規則〈1〉に代わるものとして後に制定されたものであるとも考えられるが、これによる労働条件は、就業規則〈1〉に比べて従業員である原告らにとって明らかに不利益な内容となっている。使用者が、従前から従業員に適用されていた就業規則の内容を従業員に不利益に変更することは原則として許されず、従業員がこれに同意しないことを理由としてその適用を拒むことが許されないのは、当該就業規則条項がその内容及び必要性の両面から考慮して合理的なものである場合に限られるところ、本件においては、右合理性について考慮し得べき何の立証もない。

二  月給に時間外賃金が含まれていたか。

1  被告は、従業員の派遣を主たる業とする被告会社においては、勤務時間等の直接の管理が派遣先でなされるため、予め従業員に有利な時間外賃金を考慮し、それを含めた基本給を設定したと主張し、また、基本給のほか諸手当も含めるとその中に時間外賃金が含まれていたとも主張する。

2  そもそも、労働基準法三七条は、同条所定の最低額の割増賃金の支払を使用者に義務づけることによって、同法の規定する労働時間の原則の維持を図るとともに、過重な労働に対する労働者への補償を行おうとするものであるから、同条所定の額以上の賃金が割増賃金として支払われば(ママ)その趣旨は満たされ、それ以上に、割増賃金の計算方法や支払方法を同条の予定しているとおりに履行することまで義務づけているものではないことは確かである。したがって、このような労働基準法三七条の趣旨からすると、結局、額さえ割増賃金以上のものであれば、定額制や直接は他の算定基礎を用いて算出する手当を支給する方法も許容されていると解してよいことになる。このため、月に支払われる賃金の中に、割増賃金の支払方法として、通常賃金に対応する賃金と割増賃金とを併せたものを含めて支払う形式を採用すること自体は、労働基準法三七条に違反するものではない。しかしながら、このような支払方法が適法とされるためには、割増賃金相当部分をそれ以外の賃金部分から明確に区別することができ、右割増賃金相当部分と通常時間に対応する賃金によって計算した割増賃金とを比較対照できるような定め方がなされていなければならない。

3  けれども、本件では、被告は、単に「基本給」又は「基本給と諸手当」の中に時間外賃金相当額が含まれていると主張するだけで、時間外賃金相当額がどれほどになるのかは被告の主張自体からも不明であり、これらによって労働基準法三七条の要求する最低額が支払われているのかどうか、検証するすべもない。そうしてみると、基本給等の中に時間外賃金が含まれていたという報告の主張は採用することができない。

三  以上によると、被告には七時間を超える原告らの労働に対する時間外賃金の支払義務が生じたものといわなければならない。

各原告の所定労働日数は、昭和六二年度が年間二四三日、昭和六三年度が年間二四〇日であることは暦によって明らかであるから、その各所定労働時間は、昭和六二年度が年間一七〇一時間(したがって、月当たり一四一・七五時間)、昭和六三年度が年間一六八〇時間(したがって、月当たり一四〇時間)となる。そこで、各原告の時間外賃金単価は、次の算式によりそれぞれ別表(2)(略)の「一時間当たりの額(A)」欄記載のとおりとなる。

七時間から八時間までの法定内時間外賃金単価(Aの上段)

=基礎賃金額÷(年間所定労働日数×一日所定労働時間÷一二)

八時間を超える時間外割増賃金単価(Aの中段)

=(Aの上段)×一・二五

深夜割増賃金単価(Aの下段)

=(Aの上段)×一・五

(右のうち、基礎賃金額は各原告につき当事者間に争いがない。)

そこで、当該月の各原告の時間外賃金額は、それぞれ次の算式により別表(2)の「(C)」欄、「(D)」欄、「(E)」欄各記載の金額となる。

七時間から八時間までの法定内時間

外賃金(C)

=一時間当たりの額(A=上段)×時間外労働時間(B=上段)

八時間を超える時間外割増賃金(D)

=一時間当たりの額(A=中段)×時間外労働時間(B=中段)

深夜割増賃金(E)

=一時間当たりの額(A=中段)×時間外労働時間(B=下段)

(右のうち、「時間外労働時間(B=中段)」及び「時間外労働時間(B=下段)」については、各原告につき別表(2)の各欄記載の数値であることが当事者間に争いがない。「時間外労働時間(B=上段)」については、〈証拠略〉及び原告鈴木克典、同高橋伸一各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によって、別表(2)の同欄記載の数値であることが認められる。)

四  時効の成否

1  被告は、本件訴状においては各原告の請求する時間外賃金が何年何月のものであるかが不明であり、各訴訟物が特定されていないから、訴状による時効中断効がない、各訴訟物が特定されたのは、原告らの平成元年七月一三日付け準備書面によってであると主張し、昭和六二年四月分ないし六月分の時間外賃金請求権は時効によって消滅したとして、これを援用している。

2  しかしながら、平成元年四月二六日提出にかかる本件訴状には、各原告について昭和六二年四月から平成元年四月までの時間外賃金として、それぞれ各年度毎に特定の金額の請求権があるとの主張が記載されており、原告らの本件請求はこれで特定されているということができる。したがって、本件訴状によって、本件請求中昭和六二年四月分ないし六月分の時間外賃金請求権についても時効の進行は中断されているものというべきであるから、被告の右主張は理由がない。

五  よって、原告鈴木克典、同岡村幸雄、同佐藤辰巳、同大村輝久、同木下敏彦の各請求はいずれも理由があり、その余の原告らの各請求は主文掲記の限度で理由がある。

(裁判官 松本光一郎)

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